開発者 灰谷孝ブログ

なぜ科学だけではヒトを理解することができないのか|ただいま絶賛発達中 発達する眼鏡イノチグラス

スピリチュアルをさも知ったかのように語る一般人が増えても世界は存在し続けるが、スピリチュアルな経験ができない科学者が増えると世界は終わる。 科学的に考えるのと、科学を盲信するのは全く別物です。科学を盲信せず、科学的に考えることを支援者教育者には目指してほしいです。
科学を盲信するというのは、自分が体験していないことを論文に書いてあるから、研究者が言っているからといって信用することです。 科学的に考えないことは支援者として致命的です。 科学的に考えないというのは、経験を無視することです。 たとえば、自分が試してもいないのに口コミがあるからその効果を信じる、 エビデンスがあるから安心できる、というのは科学的思考ではありません。 科学的に考えないというのは、自分を含めないことです。 発達障害だから◯◯が効く、私がやっていることは◯◯障害があるヒトに有効です(私はやりません)、というのはエビデンスになりえても、科学的思考ではありません。 科学的に考えないというのは、自分の経験だけで語ることです。 私が◯◯で良くなったからあなたもどうぞ、というのは科学的思考ではありません。 科学的思考というのは、 自分が何度も経験しえたことをもとに、 自分が信じていることに自分なりの仮説を持って、 その仮説をもとに検証を行って、 その逆説や反論も含みながら、 ある一定の法則や仕組みを見つけていこうとする姿勢のことです。 そういう視点で私は、科学的思考というのは、本来クレージーでぶっ飛んでいるものだと思っています。それだけで終わらせないで多くの人が使える形にするのがのノーベル賞を取るような科学者なんだろうと思います。 本当の科学とは、理屈だけでは説明できない精神的現象(スピリチュアル)を無視しないことでもあるし、理屈だけでは説明でない現象に対して、理性的に突き詰めていく姿勢でもあると考えています。 自分の考えや立場を証明するために科学を利用するのではなく、科学的な発見からさらに新しい可能性を見出せるように経験を深めて「自分をなくして」いくことが、科学的姿勢です。

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